僕には誰かに何かのジャンルで"1番好きなもの"を質問された時にあらかじめ1番好きなものを決めている項目が幾つかある。もちろん暫定的ではあるが、例えば好きな食べ物を聞かれたらオムライス。即答でオムライス。トマトケチャップのオムライス。他にも、1番好きな色と聞かれれば緑。もう食い気味で緑。1番好きない…まで来たらもうみ、と言っている。高校生クイズの灘高並みに早く答えられる。何故なら決まってるから。緑。
これは、基本的に自分に興味も無い相手が、強制的に僕と2人きりになった際、気まずい時間を埋めるために質問して来る時の為の準備である。"好きな食べ物"だなんて何か話しかけないと空気が持たないと感じた時にする質問の最たる例であり、最後の砦だ。興味が無いのだ。出会って間もない相手がその薄汚れた口に何を入れたら幸福感を得られるかなんてどうでもいいに決まってる。「そうなんだ。じゃあ今度作って持ってくるね。」何てのたまう輩が現れた時はそれは詐欺に違いない。つまり何が言いたいかというと、"好きな食べ物"を、間を持たせる為の質問として聞かれた際に
「ちょっと待ってよ、笑。急だな笑。好きな食べ物?え?料理ってこと?それとも素材として?ああ、料理か…ちょっと待ってな、え、とね。料理だよね…素材じゃないもんね。…あのさ、それってデザートあり?」なんて、返された時には「あ、もういいです。」と言いたくなるだろう。そんな経験をしたことはないでしょうか。だから、僕はまず待たせないこと、そもそも興味が無いのだから。待たせることが1番ダメ。しかし、いくら間を持たせる為の質問だったとしても自分にとってその場で考えつく1番をとっさに決めてしまいあたかも、究極的にフェチ的に好きなものだと勘違いされるのも癪なのであらかじめ1人で熟考を重ね1番を決めている。しかしこの準備には欠点がある。それは、どんな相手に対しても同じ1つの答えをぶつけてしまう点だ。好きなものという質問の答えはある程度相手に寄せないといけない場面がある。例えば、野球にあまり詳しく無い相手に好きな野球選手を聞かれ、三浦大輔と正直に答えるとポカンとなることがある。正直、三浦大輔を知らない人と野球の話などしたくも無いのだが、相手も元々僕と野球の話などさらさらする気も無い中で優しさで話しかけてくれた上での質問なので突っぱねても仕方がない。イチローになる。イチローはすごい。つまり、同じように好きなものでもちゃんと相手に合わせないといけないことが多くある。なのでマニアックで無いこと、そして、1番好きと思われて癪じゃないこと。その最大公約数的な答えが冒頭のオムライスであり、緑である。本当はオムライスより、スーラータンメンの方が好きだ。でも、スーラータンメンを知らない人、あるいはスーラータンメンをサンラータンメンと呼ぶ人。あるいはもっとネイティヴにピンインとかまで注意して呼んでいる人などややこしいのでオムライスとなる。
僕はこれできっと初対面の人とも上手く角を立たせることなく時を過ごせる。なんなら本当に仲良くなれると思った。思っていた。

しかし、僕の精一杯の社会に適合する為の努力は先日、無惨に砕け散った。

某日、初めてのバイト先で初対面の先輩に1番好きなアニメを聞かれた。その先輩は良い人で二次元側に偏っている風な挙動が時折見受けられることはありつつも、同じ年代なので分かり合えるだろうと、いや、そこまで考える間もなしで躊躇なく半ば反射的にあらかじめ用意している誰に聞かれても答える答えを答えた。
「テニスの王子様です。」
その瞬間、その先輩はあたかも僕の23年間の人生の全てを…こいつはこんな病院で生まれこう育ってきっと昨日の夜はこんな物を食べたのだろうなと、その全てを悟った顔で「ああ」と漏らした。

おい、ちょっと待ってくれ。テニスの王子様が好きで何が悪い。