5月1日、日暮と、阪田と、杉本と釣りに行った。ことの発端は、年始のマセキ ユースの新年会で、無趣味の僕に「釣りしましょう」と日暮が誘ってくれたことだった。なんとなく楽しそうだし、ゆっくり出来そうだし、釣り…いいね👍と思ったので、ノリノリで約束した。…が、現実の釣りは、全くもって楽なものではなかった。
ちなみに釣りの前日は、牛女さんの春のキャンプに出演。キャンプの翌日に釣りとは僕もアウトドアになったものだとか軽口を叩く余裕も見せていたのはその日まで。当日、まさかの朝5時半起き。打ち上げまで参加した僕は、4時間も寝れずに、乗り過ごしたら8時間くらい待たなきゃいけないバスに乗る為急いで家を出る。
8時30分、雲ひとつない晴天の下、日暮の車で来た後輩3人と海にて合流。天気は良いし、アイスボックスやバケツなど様々な道具を揃えてくれて、それを見ただけでテンションが上がる。
ゴールデンウィーク真っ只中の海釣り場は家族連れや、若者、おじさんでギシギシになっていた。そして、9時を過ぎた頃、いよいよ待ちに待った釣りの時間。が、まず最初に待ち受けていた難関が餌の仕込みだ。イソメって知ってる⁇
ミミズみたいだけど、ミミズじゃない。ミミズより気持ち悪い、もうほぼワームで、それをまず手にとって針に刺すのだが、ただ刺せば良いわけじゃなくて、ワームが丸い口、といっても顔全体がもはや口なので顔がぐにゅっと出てきた時に針を食わせて、針を食ったら喉奥まで針を押し込んで深く刺して終わり…じゃない。そのあと、1匹まるまるだと長過ぎるから半分にちぎる。ここまでが餌の仕込み。と、簡単に説明を受けるがもちろん、こんなこと出来る筈がない。経験者の日暮と阪田は余裕でやっているが、僕と杉本はほぼ初心者だった。情け無いが本当にワームとか触れないのでこの日は1日餌の付け替えは日暮か阪田にやってもらうつもりだった。しかし、最初こそ付けてくれた2人も日中の真夏のような日差しと、釣り果の乏しさからか次第にイライラし始め「これが出来なきゃ釣り出来ませんよ」と突き放される。僕はごねた。精一杯にごねて、たまに、拗ねたりもした。それでも、餌をつけてくれないのでちょっと寝た。しばらく寝て起きた頃、杉本が素手でエサをつけれるようになっていた。
後輩3人がワームを手懐けていて、僕だけワームをつけられないんじゃメンツが立たない。頑張ってなんとかワームを克服し夕方には、躊躇なく針を食わせ押し込み半分に千切れるようになった。後輩達3人ともポツポツと魚を釣っている中、遂には最後まで僕は魚を釣れなかった。それでもワームを克服出来たことで僕は達成感でいっぱいになった。
結局、その日僕が釣ったのはサザエ2匹。釣ったというよりも針の先端に引っかかったという方が正しい。
釣りは、想像以上に過酷だった。ワームを取り付ける事によってすり減らす神経。焦げ付くような直射日光。12時ごろは、身も心もズタズタになった、が14時過ぎあたりからは日が弱まり、風もひんやりとして心地よく波の音が癒してくれた。ワームも覚悟を決めて素手で掴めば、何度か触るうちに慣れた。得られたものは勇気。失ったものは、生物への優しさ。先輩としての威厳。白かった肌、など。でも楽しかった。


そして閉園の17時に釣り場を出てご飯に行くことになった。何故か晩御飯は後輩3人の中でお好み焼きで合致していた。そして何故か僕もめちゃくちゃお好み焼きが食べたくなっていた。僕を横浜方向まで送る為に関内の近くの僕が唯一知ってるお好み焼き屋さんに日暮の車に乗っけて連れていってもらうことに。
お好み焼きはすっごく美味しかった。腹一杯食べて、店を出て、そこで別れても良かったのだが、横浜駅まで送ってくれるということだったので優しさに甘えて車に乗り、軽く息をついた直後、左後方からズコンという嫌な音が響いた。駐車場のすぐ近くの歩道のポールに左側の車体がめり込んだ。車は日暮の自家用車だった。その日、日暮のテンションがどれだけ上がっていたかはわからないが、この事故の後は、確実に0だった。なんとか元気を出してもらおうと日暮の良いところで山手線ゲームをしてみるが、どうしても3人で2周が限界で、傷口に塩を塗ってしまう。車内の空気に耐えられなくなった僕は、横浜近くで降ろしてもらい早々にお礼を言い、別れた。別れる直前、運転席の日暮は、やや半ギレの表情だった。道が狭くてややこしい繁華街を走ることになったのはお前のせいだとでも言いたげな顔だった。僕は、気づかないフリをした。ワームの苦しみに鈍感になれたように、日暮の憎しみにも鈍感を貫いた。

"歯が綺麗"

日暮の良いところが頭に浮かんで振り返った時には、車体をへこませた大型車の姿は、すでに消えていた。